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大阪地方裁判所 平成4年(レ)80号 判決

控訴人

アクティ英会話スクールこと安部美惠子

右訴訟代理人弁護士

美根晴幸

被控訴人

アレックスニコライステファン

右訴訟代理人弁護士

佐井孝和

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金二一万二二〇〇円及び内金一八万七二〇〇円に対する平成三年八月一一日から、内金二万五〇〇〇円に対する同年九月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の本訴請求を棄却する。

3  控訴人の反訴請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人は、控訴人に対し、金六万六七九一円及びこれに対する平成四年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  事案の要旨

1  本訴請求

控訴人に雇用されていた被控訴人が、控訴人に即時解雇されたので三〇日分の賃金債権(解雇予告手当相当分)を有すると主張し、その内金二一万二二〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  反訴事件

控訴人が、被控訴人に対し、貸金二五万円及び航空券代金立替金三万七八〇〇円の合計二八万七八〇〇円の債権を有すると主張し、その残金六万六七九一円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  控訴人は、肩書地において、「アクティ英会話スクール」の名称で英会話学校(以下「控訴人スクール」という。)を経営している。

2  米国人である被控訴人は、平成三年四月一九日、英会話の講師として、賃金月額二五万円で控訴人に雇用された(以下、単に月日を示すときは平成三年のことである。)。

3  控訴人は、被控訴人に対し、四月一六日、二五万円を貸し付けた。

4  被控訴人は、六月下旬、ワーキングビザを取得するために韓国へ旅行したが、控訴人は、右旅行のための航空券代金三万七八〇〇円を立て替えて支払った。

5  控訴人、被控訴人間の労働契約については、英文の労働契約書(〈証拠略〉)があり、右契約書には、被控訴人が控訴人スクールを退職するときは、三か月前に予告する旨記載されている。

三  当事者の主張

1  本訴事件

(被控訴人の主張)

(一) 被控訴人は、七月四日、控訴人に対し、三か月後に退職する旨の予告をしたところ、控訴人は、被控訴人を即時解雇した。

(二) 被控訴人は、控訴人に対し、九月二五日到達の内容証明郵便で、本訴請求にかかる三〇日分の賃金債権(解雇予告手当)二五万円をもって、控訴人の前記航空券代金立替金債権三万七八〇〇円とその対当額において相殺する旨の意思表示をした(〈証拠略〉によって認めることができる。)。

(三) よって、被控訴人は、控訴人に対し、三〇日分の賃金から航空券代金立替金を控除した二一万二二〇〇円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成三年七月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(控訴人の主張)

本件労働契約は、七月四日、合意解約された。控訴人が被控訴人を解雇したことはない。

2  反訴事件

(控訴人の主張)

(一) 控訴人は、被控訴人に対し、前記争いのない事実3、4記載の合計二八万七八〇〇円の債権を有する。

(二) よって、控訴人は、被控訴人に対し、右の残額六万六七九一円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である平成四年五月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) なお、被控訴人は、控訴人に対し、後記六月一日から七月四日までの被控訴人の賃金をもって、七月二、三、四日に合計三万三六五四円を、同月四日に一八万七三五五円をそれぞれ右貸金等の弁済に充てた。

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人の主張(三)は否認する。

(二) 被控訴人は、六月中、一二、一四、一五日の三日間休んだが、七月に二、三、四日の三日間働いたので、控訴人に対し、六月一日から七月四日までの賃金として一か月分二五万円の債権を有する。

被控訴人は、控訴人に対し、九月二五日到達の内容証明郵便で、右賃金債権二五万円をもって、控訴人の前記貸金債権二五万円とその対当額において相殺する旨の意思表示をした(〈証拠略〉によって認めることができる。)。

(三) 1(本訴事件)の被控訴人の主張(二)と同じ。

四  争点

1  本訴事件

控訴人は、七月四日、被控訴人を即時解雇したのか、それとも、両者間で本件労働契約を合意解約したのか。

2  反訴事件

被控訴人が相殺に供した自働債権の成否

(一) 控訴人の有する貸金債権二五万円については、被控訴人が、控訴人に対し、六月一日から七月四日までの賃金として有する債権の額はいくらか。

(二) 航空券代金立替金債権三万七八〇〇円については、本件解雇予告手当相当額の賃金債権の成否であり、結局、本訴事件と同一の争点に帰する。

第三証拠

本件記録中の原・当審における書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

第四争点に対する判断

一  紛争の経緯

争いのない事実に証拠(括弧の中に挙げたもの)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  七月四日までの控訴人と被控訴人との関係(〈証拠・人証略〉)

控訴人は、控訴人スクールの経営をすべて小川景子に任せており、小川は、講師の採用を始めその勤務関係、給料支払関係等の決定を自らの判断で行っていた。

小川は、四月初めころに採用の申込みをしてきた被控訴人を、二回の面接を行った後、控訴人スクールの英会話の講師として採用することに決め、四月一九日、控訴人、被控訴人間で雇用契約が締結された。契約期間は一年間、賃金は月二五万円で、毎月末日が締切日、翌月一〇日が支払日と約定された。なお、被控訴人は、採用が決定した二回目の面接の際、小川に対し、アパートの敷金二五万円を貸して欲しいと申し入れたので、小川は承知し、控訴人から二五万円を貸し付けた。さらに、小川は、被控訴人のアパート賃貸借契約の保証人となった。

こうして被控訴人は、控訴人スクールで働き始めたが、まもなく、控訴人方を辞めることを考えるようになり、六月一二日、被控訴人代理人弁護士と面接した。被控訴人は、同弁護士から、契約書に三か月前の予告が必要とされているので退職するときは三か月前に予告をしたほうが良いこと、法律上解雇予告手当の制度があり、使用者が予告なしに解雇する場合は三〇日分以上の賃金を支払わなければならないとされていること等のアドバイスを受けた。

一方、小川は、被控訴人について、その勤務態度や授業態度に不満をもち、被控訴人のことを快く思っていなかった。

被控訴人は、六月一二、一四、一五日の三日間、欠勤した。また、ワーキングビザを取得するため、韓国旅行をし、同月二五日半日と翌二六日を欠勤した。

その後、小川及び控訴人スクールで小川の補佐等をしていた河野が、外国人講師のうちの一人の誕生日の機会に、他の講師も誘って外食をしたことがあったが、被控訴人だけは参加しなかった。なお、被控訴人が控訴人スクールで講師をしていた当時、控訴人スクールで働いていた講師は、被控訴人を含めて外国人三人のみであった。

被控訴人は、七月に入って、二、三、四日の三日間は控訴人スクールで働いたが、韓国旅行の後、小川との関係が円滑にいかなかったこともあり、同月四日、控訴人スクールを退職することを決意した。

2  七月四日の被控訴人と小川とのやりとり(〈証拠・人証略〉)

七月四日、被控訴人は、控訴人スクールを退職するつもりであること及び予告の期間中は職にとどまることを通告する旨を記載した英文の手紙(〈証拠略〉)を、小川の机の上に置いておいた。これを読んだ小川は、直ちに被控訴人のもとに赴き、その趣旨について尋ねた。すると、被控訴人は、控訴人スクールを辞めたいがしばらくは職にとどまるつもりである旨答えたので、小川は、従来から被控訴人を快く思っていなかったことに加え、ワーキングビザを取得してすぐに退職の申出をしてきたことに強い憤りを覚え、控訴人のためには被控訴人にすぐに辞めてもらったほうが良いと考え、被控訴人に対し、「いま辞めてもかまわない」「明日から来なくていい」と告げるとともに、直ちに被控訴人の賃金の清算手続に着手した。

被控訴人は、自分の言いたいことが十分小川に伝わらなかったと考え、日本語の上手な同僚のジェイスンベレスフォードに助力を求め、再度小川と話合いをした。その場で、被控訴人は、小川に対し、ジェイスンベレスフォードの通訳を交え、自分は、今日辞めると伝えるが、契約書どおり三か月間は仕事をする旨明確に述べた。しかし、小川は、先刻被控訴人との間で今日辞める旨話がついたのであると主張し続けた。

その後、小川は、六月一日から七月四日までの被控訴人の賃金額並びに控訴人が被控訴人に対して有する貸金債権(二五万円)及び航空券代金立替金債権(三万七八〇〇円)の額を記載した紙を被控訴人に示し、差引六万六七九一円を被控訴人が控訴人に支払うことによって両者間の債権債務関係がすべて清算される旨被控訴人に告げた。そして、小川は、七月五日以降の被控訴人の勤務の予定をすべて外した。

3  その後の状況(〈証拠・人証略〉)

被控訴人は、七月六日に控訴人スクールを訪ねて、小川に対し、同月四日の通告はあくまで退職の予告であったということを述べ、かつ、他に就職するあてがないので控訴人スクールで仕事を続けたいと告げたが、小川は受け付けなかった。なお、当時、被控訴人は、実際、他に就職するあてはなかった。

被控訴人は、小川がこのように雇用契約の終了を強硬に主張し、その就労を拒否したため、七月五日以降控訴人スクールで就労していない。

二  本訴事件の争点について

1  七月四日、被控訴人は、退職の予告(解約の申入れ)をしたのか、それとも合意解約の申込みをしたのか。

右認定の事実によると、被控訴人が小川に渡した英文の手紙(〈証拠略〉)には、被控訴人が控訴人スクールを退職するつもりであること及び予告の期間中は職にとどまることが記載されていたこと、被控訴人は、事前に被控訴人代理人弁護士から、契約書に三か月前の予告が必要とされているので退職するときは三か月前に予告をしたほうが良いなどのアドバイスを受けていた上、当時、他に就職するあてがなく、直ちに退職の効果をもたらす可能性のある合意解約の申入れをするとは考えにくい状況の下にあったこと、七月四日、被控訴人と小川がジェイスンベレスフォードを交えてした二回目の話合いにおいて、被控訴人は、退職の予告をするのである旨を明確に小川に伝えていることが認められ、これらの事実関係を総合すると、被控訴人は、退職の予告の意思表示をしたものと認めることができる。

2  小川は、即時解雇の意思表示をしたか。

前記認定の事実によると、小川は、七月四日に、被控訴人が三か月の期間を置いて退職の予告をして来たのに対し、即時に辞めてもよく、明日から来なくてよい旨伝えるとともに、同日の二回目の話合いの際、先刻被控訴人との間で今日辞める旨話がついたのであると主張し続けたこと、被控訴人は、七月四日時点で他に就職するあてもなかったことから、即時に退職する意思を有していなかったこと、小川は、七月四日の最初の話合いの後、すぐに被控訴人、控訴人間の債権債務関係の清算手続を始めたこと、七月五日以降の被控訴人の予定をすべて外したこと、七月六日に控訴人スクールを訪れた被控訴人が控訴人スクールで仕事を続けたいと告げたのに、受け付けなかったことが認められ、これらの事実と三か月間の予告期間が雇主である被控訴人のためのみにあるのでなく、被用者である被控訴人にとっても就労期間を確保するとの利益があることからすると、小川は、七月四日に、被控訴人との間の労働契約を解約し、同人を即時解雇する旨の意思表示をしたことが認められる。

3  以上のとおり、小川は、七月四日、被控訴人を即時解雇する旨の意思表示をしたものであるところ、小川が控訴人スクールの経営の一切を控訴人から任されていたことは前記認定のとおりであるから、控訴人は、その代理人である小川を介して、同日、被控訴人を即時解雇したものと認めることができる。

三  解雇の効力及び解雇後の控訴人、被控訴人間の関係について

二で判断したとおり、控訴人は、七月四日、解雇予告手当の支払をしないで被控訴人を即時解雇した。しかし、控訴人が即時解雇に固執しているものとは認められないから、七月四日から三〇日の期間が経過することによって解雇の効力が生じたものというべきである。

したがって、被控訴人は、七月五日以降三〇日分の平均賃金を請求することができるところ(前述のとおり、控訴人が被控訴人の労務の提供を受け入れない意思は明確であるから、労務提供の有無にかかわらず、被控訴人は賃金を請求することができると解すべきである。)、右平均賃金の額は、被控訴人の賃金が月二五万円であったこと及び前記の証拠に照らし、二五万円であると認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、前記認定のとおり、被控訴人の賃金は、毎月末日が締切日で、翌月一〇日支払であったのであるから、右二五万円のうち、七月五日から同月末日までの二七日分の二二万五〇〇〇円については、支払日は八月一〇日であり、八月一日から三日までの三日分の二万五〇〇〇円については、支払日は九月一〇日である。

四  被控訴人の六月一日から七月四日までの賃金債権の額(反訴事件の争点)について

前記認定のとおり、被控訴人は、六月一二、一四、一五日の三日間欠勤したが、七月二、三、四日の三日間働いたのであるから、六月一日から七月四日までの期間中、被控訴人はちょうど一か月分働いたということができ、一か月分二五万円の賃金債権を取得したということができる。

控訴人は、六月一日から七月四日までの被控訴人の賃金額が二二万一〇〇九円であり、その理由は、被控訴人が、六月中、ワーキングビザを取得するために韓国旅行をしたときに、同月二五日半日と翌二六日を欠勤した分を無給と扱って、この一日半分の賃金を差し引いて計算すべき旨を主張するようである。しかし、(人証略)によれば、控訴人は、従来、外国人講師がワーキングビザを取得するために韓国旅行をするのに必要な期間は、欠勤しても有給の扱いとしていたのであり、控訴人と被控訴人間の労働契約においても同様の処理をする旨の約定がされていたことが推認される。したがって、控訴人の右主張は採用しない。

五  結論

1  本訴請求について

被控訴人は、控訴人に対し、七月五日以降三〇日分の二五万円の賃金債権を有し(内金二二万五〇〇〇円は平成三年八月一〇日が支払日、内金二万五〇〇〇円は同年九月一〇日が支払日)、同年九月二五日到達の内容証明郵便で、右賃金債権をもって、控訴人の前記航空券代金立替金債権三万七八〇〇円とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたのであるから、右航空券代金立替金債権及び右賃金債権中期日が先に到来する二二万五〇〇〇円の債権のうちの右航空券代金立替金債権相当額が消滅したというべきである。したがって、被控訴人は、控訴人に対し、未払賃金二一万二二〇〇円及び内金一八万七二〇〇円に対する平成三年八月一一日から、内金二万五〇〇〇円に対する同年九月一一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求することができる。

被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があり、これと異なり請求全部を認容した原判決は主文のとおり変更すべきである。

2  反訴請求について

被控訴人は、控訴人に対し、平成三年六月一日から同年七月四日までの二五万円の賃金債権を有し、同年九月二五日到達の内容証明郵便で、右賃金債権をもって、控訴人の前記貸金債権二五万円とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたのであるから、両債権はともに消滅したということができる。

また、控訴人の有していた航空券代金立替金債権は、1でみたとおり、すでに相殺によって消滅している。

よって、反訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当である。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大竹たかし 裁判官 倉地康弘)

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